②ぶらり探訪

毎年1回、嵯峨・嵐山、乙訓方面等を専門の講師とともに探索します

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〝双ケ岡からきぬかけの路を歩く〟

              第19回さらんネット「ぶらり探訪」企画 開催

 

 12月5日(土)、さらんネット恒例の「ぶらり探訪」シリーズ第19回「双ヶ岡からきぬかけの路を歩く」が開催された (写真上) 。参加者は30名。コースはJR花園駅⇒双ヶ岡⇒仁和寺⇒蓮華寺⇒傳法輪寺⇒住吉大伴神社⇒龍安寺裏朱山七陵⇒等持院⇒六請神社⇒櫻谷文庫⇒嵐電北野白梅町(解散)。案内の講師は加納敬二氏(京都市考古資料館職員、さらんネット副理事長)が務めた。

 

 午前9時、集合場所のJR花園駅を出発し、双ケ岡(ならびがおか)こもれびの広場で加納氏よりコースの探訪箇所の説明があった。今回はコロナ禍での開催となり、充分な感染拡大防止策(密を避ける、検温、手の消毒など)に最大限の注意を払った。

 

 この日は素晴らしい天候に恵まれ、双ケ岡から眺める光景に思わず歓声が上がった。眼下には仁和寺の全景。背後にのどかな嵯峨野の風景が眺められた。この一帯はその昔、御所周辺に居住した貴族たちの山荘が点在した。徒然草を著した吉田兼好が晩年過ごした地でもある。

 

 世界遺産・最高位門跡寺院仁和寺の御室桜(お多福桜)は有名だ。五重の塔が美しい。余談だがここ御室は大手電機機器メーカーのオムロン由来の地でもある。お隣は五智如来像が鎮座している蓮華寺。ここは空海が胡瓜に疫病を封じて五智不動に祈願すると罹病しないと説いた〝胡瓜封じ〟で有名である。

 傳法輪寺ではコロナ禍の影響で残念ながら御室大仏が拝観できなかった。住吉大伴神社は、豪族大伴氏が平安遷都に伴って奈良から移した氏神である。

 

 続いて竜安寺北側にある七つの陵墓の総称である朱山七陵へ。京都の街が眼下いっぱいに広がる眺望の素晴らしい地だった。ここで昼食を取った。

 休憩の後は等持院を訪ねた。足利将軍代々の菩提所である。また映画の神様と言われた牧野省三の銅像もある。そして六請神社。ここには天照大神にはじまり石清水、賀茂、松尾、稲荷、春日の六大神がそろって祀られている。

 

 最後の訪問先は櫻谷文庫。中には入れずここでこの日の行程は終了した。参加者の皆様は探訪先で熱心にメモを取られ、加納講師にも多数の質問が寄せられ、大好評の裏に散会となった。運営委員・中村吉男

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第18回さらんネットぶらり探訪Report

 

「三条通界隈 秦氏の足跡を追う」盛況裏に

 

 令和元年10月26日、ぶらり探訪「三条通界隈、秦氏の足跡を追う」に40名が参加されました。(晴れ、10時右京区役所前出発~16時松尾大社着)

 コースは蚕の社(木嶋神社)、大酒神社、広隆寺、大映通り商店街、蛇塚古墳、天塚古墳、梅宮大社、松尾大社であった。作家司馬遼太郎が『街道を行く』で、"この地を歩いて古代の秦氏を考えないのは、ローマの遺跡を歩いてローマ人を考えないのと同じ位鈍感"の一説を思い浮かんだ探訪であった。

 

●蚕ノ社元糺の池

 初めに蚕の社元糺の池で(今は涸れている)、案内講師のさらんネット加納敬二副理事長からコース全体の解説があった。
 まず、秦氏は大陸から様々な技術をもたらしたひとつに養蚕がある。蚕の社は蚕の神を祀っている。元糺は古く、下鴨神社の糺はここより移したとも言われる。三柱鳥居(京都三大珍鳥居)の方角が稲荷山、松尾山、双ヶ丘に方位が一致すること。

 

●大酒神社

 次に、大酒神社の酒はお酒ではなく災厄を避けること(大避)を意味する。元は広隆寺の境内にあったが明治の神仏分離令後、現在の位置になった。広隆寺は、聖徳太子より秦氏が一体の仏像を賜り本尊として建立、国宝第一号の弥勒菩薩はあまりにも有名、牛祭り(京都三大奇祭)今は中止等。

 

●大映通り商店街

 次に、大映通り商店街は、かつてこの界隈には大映をはじめ映画の撮影所が立ち並び、日本のハリウッドといわれたこともあった。この商店街のスーパー前に6メートルの大魔神が建っている。

 

●蛇塚古墳

 そして、今回の探訪のメインは史跡蛇塚古墳、史跡天塚古墳である。蛇塚古墳は6世紀末~7世紀初の京都府下最大の前方後円墳で飛鳥の石舞台古墳よりも大きい。封土が失われ、石室が露出、石室内に入り巨石に圧倒される、重機のない時代に巨石が清滝から修羅でなく運河で運ばれたこと、高度な土木技術に驚嘆である。この秦氏の高度の技術が西陣織や角倉了以の堰、高瀬川等が出来、琵琶湖疏水が出来、ダム等いろいろな分野が連綿と継承し今日に至っているといっても過言ではない。

 

●梅宮大社

 次に、梅宮大社(秦氏とは無関係)は橘の氏神、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子がここで祈願して仁明天皇を授かったことから子宝、安産の神様とされている。
 最後は、松尾大社は酒の神様としても有名。松尾大社は秦氏の氏神、松尾祭は神輿が川を渡る船渡御があり非常にめずらしい、これは秦氏が海を渡ってきたことの郷愁とも受けとめられる。

 

 参加者の皆様が巡回先々で熱心にメモをとり活発な質問をされ、楽しい有意義な探訪でした。また参加者から来年はいつ開催ですか、来年も是非参加したいと嬉しい言葉を頂きました。終わりに大前理事長より参加者の皆様に謝辞で解散しました。

                 (2019年11月3日更新 運営委員:中村吉男)

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●平成29年11月23日

 

晩秋の嵯峨野、広沢池周辺古墳群を行く

     ぶらり探訪2017 圧巻の巨石群に歓声

 

 11月23日、ぶらり探訪企画「晩秋の嵯峨野、広沢の池周辺の古墳を訪ねて」が41名の参加を頂き開催されました。

 今回のコースは移築御堂ケ池1号墳=印空寺古墳=平安郷内~山越古墳群=(集合写真。撮影後昼食)=広沢古墳群=佛教大学宗教文化ミュージアム~七ツ塚古墳群=大覚寺古墳群=大覚寺境内~名古曽の滝まで。

 午前9時半より大前理事長より、参加者の皆様への謝意と、当NPOの活動趣意の説明があり、加納理事が本日の探訪コースを専門家の立場から分かりやすく解説しました。午前10時に出発。雨上がりで空気も澄み、素晴らしい紅葉を見ながら坂道を踏みしめ御堂ケ池1号墳に到着しました。

 古墳内に十数名が入り、その巨石ぶりに圧倒されました。そして君が代にうたわれたさざれ石山。出雲大社で見たことはありますが、これほど身近にあったとは驚きです。
 眺望は素晴らしく松尾大社もよく見えました。好天なら大阪も見えるとのこと。

 次に印空寺古墳。樹齢300年とも言われるタラヨウの大木です。「葉書き」の語源にもなったタラヨウの葉を見て平安郷内の山城古墳群へ到着。ここは広沢の池に面し紅葉も最高の別天地でした(集合写真)。

 午後は広沢古墳群と佛教大学宗教文化ミュージアム、そて大覚寺古墳群へ。ここでも古墳内の巨石、石組に感心しました。
 最終地点は大覚寺名古曽の滝です。境内の大沢の池は嵯峨天皇が竜頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の船を浮かべて詩歌や管弦の宴を繰り広げ、観月、観桜など四季折々の風物を楽しまれた池です。名古曽の滝は藤原公任や西行が和歌に詠んだ場所でもあります。
 最後に大前理事長、加納理事の挨拶で散会となりました。

 庶民が墓を持てたのは江戸時代になってからと言いますが、今から約千五百年前の古墳時代(弥生時代と飛鳥時代の間)後期の高度の技術と創意、工作物のスケール、すべてに驚きです。
 参加者は歴史好きな方が多く、丁寧な質疑で熱心にメモを取られる方もいました。またこの地に大きな足跡を残した秦氏の高い地位や権力がよく理解されたと思います。
 ぶらり探訪企画は来年も参加したいとの有り難い声も頂き、嬉しい限りでした。

                                 (中村吉男)

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乙訓古墳群を訪ねウォーキング

       「ぶらり探訪」企画 約30人が参加

 

 11月23日、当NPO主催のウォーキング企画「ぶらり探訪」シリーズの第12回「乙訓古墳群を訪ねて」が長岡京市観光協会の後援を得て開催され、約30人が参加しました。今回訪ねたのは、長岡京市内にある恵解山古墳(いげのやまこふん)をはじめとする4つの「乙訓古墳群」。古墳時代(3世紀~7世紀)の首長の古墳群で、今年3月にはこの地域に散在する11基の古墳が「国指定史跡・乙訓古墳群」に指定されたところです。
 この日、おりしも前方後円墳「井ノ内車塚古墳」(6世紀前半築造)で発掘作業が行われている最中でした。後日、同古墳から横穴式石室が出土したとの発表もあります。
 参加者は、当NPO理事でもある京都市埋蔵文化財研究所の加納敬二さんの案内と解説で約17キロにわたる探索コースを歩き、いにしえの歴史のロマンを堪能することができました。昼食タイムに使わせてもらった長岡天神境内の紅葉も鮮やかでした。
 なお、集合場所のJR長岡京駅前には中小路健吾市長もかけつけ、歓迎のご挨拶をいただきました。有り難うございました。

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